渥美俊一記念館訪問記 - 卸売業を深く知るためのサイト

渥美俊一記念館訪問記

小雨模様の9月のとある日、待ちに待った渥美俊一記念館の訪問日がやってきました。

東京・代官山にある渥美俊一記念館は、ニトリホールディングスの似鳥会長がニトリの成功を導いた先生として尊敬する渥美俊一氏の功績をたたえて設立したものです。もともと渥美俊一氏の邸宅だった物件をニトリが取得して、記念館としてオープンしました。

似鳥会長も述べているように、日本経済に大きく貢献した渥美俊一氏は、その偉大な功績に比して、必ずしも世間には広く知られていません。そこで、似鳥会長が世の中でもっと評価されるべきだという気持ちから設立したものです。

私も幣著、「日本の問屋は永遠なり」を書くに当たって、改めて渥美俊一氏の著書の多くを参考にさせていただく中で、これほどの情熱を持って、日本にチェーンストアを根付かせようとしたその心意気に強く感銘を受けました。もはや単なるコンサルタントの域に納まるようなものではありません。
参考「日本の問屋は永遠なり」:http://cherry100.mods.jp/ra/s/953

2016年4月に連載された日経紙の似鳥会長の「私の履歴書」の最終回で渥美俊一記念館開設の報告があり、今か今かと心待ちにしていたところでした。

当日はニトリの方2名に館内をくまなく案内してもらいました。まずは、その渥美邸の意義を解説してもらうところから始まりました。

同館は氏が1994年に自ら設計し、自宅として建設したもので、まさに邸宅と呼ぶにふさわしいたたずまいの家屋です。完全に欧風建築なのですが、南カリフォルニアをイメージして設計したということでした。

ただし、この記念館はただ単に渥美俊一氏がそこで生活していたということではなく、実は氏がその邸宅を建てるにあたって、小売業の参考になるような日本の小売業が目指すべき姿を示したものだということが大きなポイントになります。

典型的には各部屋のコーディネートがあります。氏が常々著書において述べていたことは、日本人は極めて貧しい生活をしているということでした。これは日本では産業としてのチェーンストアが発達していないために、流通が非効率であり、結果的に消費者が高い商品を買わされているという指摘でした。また、品揃え自体もばらばらで、そのような商品を個々に買い求めても、それぞれが異なった風合いの商品であって、部屋のインテリアにもマッチせず、商品ごとにもマッチしない組み合わせになっていることを嘆いていました。これらのことをまとめて渥美氏は、貧しい生活と表現していました。

【渥美邸の外観】
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そのような状況を改善するためには、効率的なオペレーションのチェーンストアを作ることによって、商品の価格を2分の1、3分の1にする必要があると説きました。同時に単品をバラバラに売る売り方ではなく、売り場において顧客に対してコーディネートを提案する必要があるとも述べています。それによって初めて国民が豊かな生活を実感できるようになるというのが同氏の主張の中心です。

例として、渥美邸のリビングの様子を示します。これらのソファー、テーブル、スタンドから棚に飾ってあるインテリアまで、実は一つの売り場で揃えたものです。つまり、一つの売り場で揃えられるということが重要で、売り場自体がコーディネートを提案しているということになります。まさに、ニトリが現在店舗で展開していることが、このコーディネートというものであり、それがニトリの生命線になっています。

写真の商品は、すべて米国のサンフランシスコのニーマンマーカスで購入したものです。一見豪華に見えますが、価格的にはリーゾナブルなものだということです。まさにこれが、チェーンストアの使命であると氏は主張しているわけです。

【渥美邸のリビングのコーディネート】
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このようなコーディネートは、リビングだけでなく、寝室、書斎、さらには風呂場までそれぞれに統一されたコーディネートとなっています。寝室はベッドから壁紙まですべて、J.C.ペニーで揃えたコーディネートでした。風呂場は、水族館のようなタイル張りで、これは米国から職人を呼び寄せて一枚一枚のタイルを製造したものです。

玄関正面にはピカソの版画がかかっていました。1962年作の肖像画(?)でした。ここで、実は1962年がかの「流通革命」が発刊された年だということに気づきました。すると実は渥美氏も1962年がまさに「流通革命」元年と位置付けていたこともあり、この版画を買ったと聞いて、ちょっと感動しました。もちろん、渥美氏にとってはこの年がペガサスクラブの設立の年というもっと重い意味がありますが。しかし、渥美氏と「流通革命」はまさに切っても切れない縁ということは間違いがありません。

玄関の上がり口の床は、イスタンブールのブルーモスクをイメージしたタイル敷きとなっています。しかし、実はそのタイルを入手したのはアメリカということでした。渥美氏はかねてより、チェーンストアが発達したアメリカでは、世界中の商品が手軽な価格で買えると述べています。それこそが、まさに日本でアメリカ方式のチェーンストアを構築しようというペガサスクラブのビジョンの最大のバックグラウンドになっています。

玄関のシャンデリアは極めてシンプルなもので、豪華さを取り除いている部分でおしゃれ感を醸し出していました。そのシャンデリアは渥美氏自らフィレンツェで購入ものということです。また、玄関から2階に続く階段はスペインのガウディをイメージものとなっています。

その後、2階ではすでに述べたように部屋全体がコーディネートされた寝室や風呂場を見学しました。そして、最後が渥美氏の書斎になります。

この邸宅はもともと渥美氏の自宅であり、ここで家族と生活し、執筆、研究活動を行っていたわけです。そして、ここに小売業の経営者を招いて、コーディネートの大切さを説き、また日本でのチェーンストアの構築法に関して議論したのです。

こうして記念館の見学をほぼ終えて思ったのは、ところで一体どんな人がこの記念館を訪れるのだろうということでした。私が当初、記念館について思い描いていたイメージは、実は渥美氏の研究成果や書籍などの資料を集めた資料館というものでした。もっとも、そう思ったからというよりも、渥美俊一と聞いてこれは是が非でも行かねばならないと思い、オープン日も知らずに代官山を訪ねたのは、実は5月の初めでした。前掲の外観の写真はその時に撮ったものです。

その後、決算説明会後の懇親会の場で似鳥会長に尋ねたところ、オープンは8月ということでしたので、とにかくオープンしたらすぐ見学させてほしいとお願いしていて、今回の訪問となりました。

そんな状況でしたので、すべての見学が終わった後に、一体どんな人が記念館を訪れるのか尋ねてみました。すると、実は外部の見学者は私が初めてということでびっくりしました。記念館の主な目的の一つは、ニトリの社員研修に使用するというものだったのです。同社ではペガサスクラブのセミナーに多くの社員が参加していますので、中堅以上の社員の多くは直接渥美氏の講義を受けたことがあるのでしょう。

しかし、若い社員は渥美俊一氏本人を直接は知らないわけですので、この記念館で渥美俊一氏の精神や思いを共有しようというものです。特に似鳥会長が熱を入れるコーディネートの価値を深く理解するには大きな意味を持つことでしょう。

企業にとっては、企業文化をいかに共有するかは極めて重要な問題です。その意味において、ニトリの原点あるいは遺伝子とも言える渥美俊一氏の思いを共有するには絶好の教材であると思いました。

長期にわたって着実に、継続的に成長できる強い企業と言うものは、社員が良い面で企業文化を共有しているものです。キユーピーという会社もそんな会社の一つですが、かつて同社が史料館を開設した時に、その史料館を見学する機会を設けてもらいました。そこでは、過去幾多の困難を乗り越えてきた先人たちの会社への思いを共有することに力を入れる展示になっていました。まさに存亡の危機に瀕した事件をいかに情熱で乗り切ったかを共有できるようになっています。

まさに、ニトリにとっては、この渥美俊一記念館はそんな位置づけであると認識させる訪問となりました。そして改めて、氏の日本の流通革命への思い、チェーンストアが目指すものへの思いとロマンに深く感銘を受けた見学となりました。また、ニトリの企業としての強さを深く理解したことも大きな収穫の一つでした。

最後に改めて、館内を細部にわたり案内していただいたニトリのご担当の方に深く感謝いたします。

2016年10月吉日
有賀

2016-10-17 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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